「〇〇さんは“自閉症”という障がいだから、

スケジュールを目に見えるようにする必要があります」

 
 

「△△さんは5歳なのに

まだ鉛筆を持つ時にグーの手で持ってグルグル丸しか書かないので、

持ち方を矯正する道具を使いましょう」

 
 

「※※さんは感覚過敏で音や人の動きに敏感に反応してしまうから、

人の多いところには行かないようにしましょう」

 

 

今挙げた3つの言葉に違和感を私は感じてしまいます。

 

 

「障がい」や「できないこと」「苦手なこと」などの情報を、困っている人に当てはめようとすると、

 

どうしてもそれらの情報が当てはまらない方もいらっしゃいます。

 
 

 

私は、困り感を持っている方のご家族とお話しをする時、

 

「自閉症だから」「○歳だから」「感覚過敏だから」

といったことを中心にして話さないようにしています。

 
 

「自閉症」でもスケジュールが嫌いな方もいます。

 
  

今はできなくでも、

 

人の成長する速度は個人差が大きいですし、

 

必要性やしにくさを感じた時に

 

人は自分にとって一番効率のいい方法に行き着こうとします。

 

「感覚過敏」でも、

 

過敏を示すものや程度は個人によって違いますし、

 

生きていく中で、

 

感じている感覚の正体に気づくと案外平気になってくる方もいます。

 

 

知識に相手の状態を当てはめる”のではなく、

 

相手の困り感の実態を知る中で知識をチョイスして使う

 

 

個々人の特徴や生活実態に合わせた支援を考えるためのツール

 

としての“知識”が私は必要と考えます😉

 

 

 

昨日、KYOUKOUという勉強会に参加させていただき、

 

その中で挙がった話題の中で、

 

私自身も感じていたことを整理する意味で今回の記事を書かせてもらいました。

 

 

書きながら、まだまだ考えを整理して行く必要があるなと実感してしまいました😅


もしかしたら、一部訂正を加えるかもしれません😓

その際は、コメントなどで訂正のお知らせをさせていただきます💦



皆さんはどのように“知識”を使っていますか?

 

どのような“知識”を求めていますか?

 

コメントやメッセージで皆さんの想いを教えてください!

 

最後まで読んでいただきありがとうございました!