昨夜投稿した記事を作っている時、

ふっと昔のことを思い出したので、

前に実践ブログにしれっと投稿してシェアしなかった記事を

少し再編して載せてみようと思います😊

まだブログを初めて間もない時に、

自分の原点を想い出そうと思って書き上げた記事なので、

物語調の文面になっています😌

大事な想い出なので、この投稿についての質問はお控えいただくと幸いです😅

ポジティブな感想などについてはコメントやメッセージで受付けていますので、

私の赤裸々な過去の想い出を、どうか暖かい目でみていただけると嬉しいです😌✨


「私の原点」

「どうやったらボクのことわかってもらえるだろう…」
 

昔ながらの家が建ち並ぶ田舎にある、

1クラスあたり30人ほどの規模の小学校。
 

そんな学校の1年生としてボクは入学した。


 

ボクはクラスで唯一の左利きで、
 

「どうして左手で書いてるの?」「右手で書かないとダメだよ!」と、


クラスの友だちからいつも注意を受けていた。

 

友だちが見ている場では右手で鉛筆を持って書くフリ。

友だちの視線が外れると

サッと左手に鉛筆を持ち替えて

パパパッと黒板を板書する…


そんな事をいつもしていた。


 

そしてボクは絵を描くことも大の苦手。
 

当時人気だったキャラクターの絵を描いたと時も、
 

「カジが描いた絵は(元の絵と)全然違う!」

「カジは絵が下手なんだからもう描くなよ!」


とクラスの友だちからバカにされるくらいだった。


 

「どうしたらみんなにボクのことわかってもらえるんだろう…」


そんなことを悩んでいる時、なっちゃんと出会った。


なっちゃんは同じクラスの女の子。



足にしょうがいを持っていた子で、

運動はあまり得意じゃない子だった。


 

なっちゃんはボクに話しかけてくれた。

 

「一緒に絵を描こう?」

 

この時からボクはなっちゃんと絵を描いて休み時間を過ごした。

 

「丸を描いて、そこから足をこうやって描いて…そうそう!」


なっちゃんはボクに絵を描く事を教えてくれた。



この時の思い出の中で、

周りで友だちがどう遊んでいたかなんて全く覚えていない。

 

ただただ、

なっちゃんと絵を描いて遊んだ記憶と

なっちゃんの笑顔だけが鮮明に残っている。


それだけなっちゃんと絵を描いている時間がとても楽しかった。


 

2年生に上がる時、

ボクは家の事情で転校することになり、

なっちゃんとはそれ以来会っていない。


 

なっちゃんに「ありがとう」を伝えることもできていないまま、

現在に至っている。


 

いま私は、

作業療法士 兼 介護福祉士として、

しょうがいを持つ方達の生活をして支えたり、

福祉・医療・教育・地域をつなぐ仕事をしている。


 

「今の私の原点は何か?」


 

この事を考える時、

いつもなっちゃんと絵を描いた思い出が蘇ってくる。


 

私はなっちゃんから、

絵を描く事を教わったんじゃなくて、

「友だち(目の前にいる人)のことを丸ごと受け止めるということ」の意味

を教えてくれていたんだなと今強く感じている。

 

 

なっちゃんが、

“左利きで絵の下手なボク”

を受け止めてくれたように、


私も周りの人の想いを受け止めて行く事…


 

“今のボク”にできるなっちゃんへの恩返しです。 



…お話しは以上です!

再編してて恥ずかしくなりました😅

この原点を大切にしながら、

これからもきいろバルーンとしての活動を頑張っていきます😆